ローレンツ力の謎

私達が慣性系について感覚的にニュートン力学で把握できる物理的事象は、亜光速では破綻し、特殊相対性理論をもって説明しなくてはいけない、ということは科学好きな小学生でも知っていることと思います。特殊相対性理論の力学は運動する物体の速度が光速度に比べて充分に小さければニュートン力学で近似できることもそのような小学生は知っているかも知れません。

あまり知られていないのかも知れませんが、「マクスウェルの電磁方程式で説明できる物理現象が、説明すべき系の各要素間の相対速度が光速度に比べて充分に小さいと言う理由でニュートン力学的に近似できる、あるいはガリレイ変換で理解できる」ということは全くの勘違いなのです。マクスウェルの電磁方程式は、元々ガリレイ変換では理解できませんし、ローレンツ変換でしか正しく理解できません。換言すれば、電磁場は本質的にいかなる意味においても相対論的なのです。

ですので、電磁場の理解においては、ニュートン力学のように、「亜光速だから相対論的に扱わなくてはいけない、ないし、速度が充分に小さいから相対論的効果が出てこないのだ」と考えてはいけません。電磁場の理解においては、系の各要素間の相対速度が小さくても相対論的効果がすぐに出てしまいます。このあたりは、書店で売られている科学啓蒙書では強調されないでいますし、ともすると物理学を学ぶ大学生もずいぶんと長いあいだ気がつかなかったりします。教科書には書いてあるはずなのですが当たり前すぎて説明が書いていなかったりするものですからなおさらなのでしょうか。

例をあげておきます。但し、外部リンクでの文献の提示と若干の引用のみに致します。


科学と技術の諸相-宇宙原理より。

特殊相対論の成果の一つに、ローレンツ力の定式化がある。磁場中を荷電粒子が運動するとき、この粒子は、磁場と速度にともに直交する向きに力を受けることが実験的に示されていたが、この力を電磁気学の中でどのように位置づけるかについては、意見が分かれていた。ところが、相対論は、荷電粒子が静止している座標系で電場から受けている力(クーロン力)を相対論に従って粒子が運動している系に変換すると、電場の一部が磁場に置き換わるのに伴って、クーロン力の一部がローレンツ力に変わることを明らかにした。


Twin paradox in Relativity (Yasuo Katayama)より。

電磁場中を動く電荷は、ローレンツ力 F= q(E + v x B) を受けるが、電荷に並進する系からみると電荷は静止しているから、力の原因はその系のローレンツ力の内、電場でしかありえない。磁場は速度をもった系では、系の速度に比例する電場に変わる。速度 v に垂直な成分は、ローレンツ力と非常に似た式になる。

E'= γ(E + v x B)

ローレンツ力とローレンツ変換の γ= 1/√(1-v^2) の違いは、力のローレンツ変換が原因である。電荷のみる電場の力が 1/γ に弱まってもとの系のローレンツ力になっている。このように電磁場の一体的関係は、相対論によって、はじめて理解できる(電磁場のローレンツ変換)。

磁場自体も動く電荷の相対論的効果ではないかと思わせる。電流の流れる電線に沿って飛んでいる電荷が磁場の力を受けるのは、電荷にとっては、電線の中の正負の電荷のもつ速度差、これは通常の電線と電流の大きさでは、毎秒 0.1 mm 程度の驚く程わずかな速度であるが、そのわずかな速度差の、なんとローレンツ短縮の違いで電荷には電線が帯電して見えることが原因である。これはまさに相対論的現象である。この電線の帯電を別に説明する、電流の電荷密度へのローレンツ変換も、同時刻が前方では未来にあたることだけから、容易に説明できる。行き来する定期航路の密度である。


物理Tips:ベクトルポテンシャルとは何ぞや?(その1)より

電磁気学というのは相対論にのっとった作りになっている。正確に言うと電磁気にのっとった理論を考えたら相対論になったのだが。だから、電磁気の法則は相対論的、つまり「動きながらみてもちゃんと法則が成立する」ように作らないといけない。だから「電荷が動くと電流が発生する」ならば「スカラーポテンシャルが動けばベクトルポテンシャルが発生する」のは当然なのである。


以上については標準的な教科書ならば砂川重信(著)-理論電磁気学をあたると良いかも知れません。