精霊の木と社会創造・天賦の人権の否定

人間は社会的生物ではなく社会創造的生物であること、天賦の人権などはそもそも幻想であって人権は不断の努力で人間自らが勝ち取り続けなくてはいけないものであること、先日の日記で書いたのでした。ここまで書いて時間切れになり、本当に書きたかったことを書けずじまいでしたので、今日の日記に。

アボリジニを主要な専攻テーマとしたフィールドワークも得意の文化人類学者である上橋菜穂子氏は、気鋭の児童文学作家でもありファンタジー作家でもありSF作家でもあります。私の自宅に遊びに来た小学生の姪っ子がテレビのチャンネルを独占し食い入るように見ていたNHK上橋菜穂子原作のアニメ『獣の奏者エリン』。どうせ子供向けの番組だろうとぼんやりと見ていたら、これがどうして、なかなかイケルのでした。基本、『容赦ない』のです。子供向けにありがちな安易な解決などない重い展開。醜悪な現実に立ち向かう少女の物語。内容的には実は大人向けなのではなかろうかと。児童文学原作とはいえ、実際は。上橋作品に俄然興味が出てきました。エリンは放映中ですし結末を知るのも嫌なので別の上橋作品を最近は耽読中なのであります。ほとんど全作品を一挙に読んだのではないかなぁ。いけます、これはいけます。私にはツボ。 思うに、上橋菜穂子という作家が背景世界を内蔵しているからなのでしょうね。文化人類学者だからこそ書けるものってあるのでしょうね。実に容赦ない世界観・社会観、だけれども対してきちんと対峙していく力強さは、ひょっとしたら上橋氏のパーソナリティによるものかもしれません、大人物。彼女の作品を愛読した児童は、心の力をいつのまにか身につけるはず。ぜひ子供たちには読んでほしい。SFやファンタジーが苦手な人も、上橋作品なら食べられるのではないかなぁ。

以下は多少個人的に痺れた作品中のセリフ。上橋菜穂子のデビュー作である、SF『精霊の木』から。


マシカは、かっとしてシュウをにらんだ。

『ばかなことですって?あなたに、なにがわかるの?わたしたちは、生まれたときから、監視されつづけてきた。ほんとうの自由を、もたせてもらえなかったのよ!』

『ほんとうに自由な人間なぞいないことぐらい、わかっているでしょう、あなたなら。病気や、運命をにくみながら生きている人間なんて、山ほどいます。自由だの平等だのは、はじめからあるののじゃなく、あとから人間がつくるもんです。

引用中、強調はhoshikuzuによります。
すばらしい視点! 自由や平等は人間がつくるもの!引用中のマシカは、地球民族によって絶対的に虐げられている異星の民族を代表している存在なんです。ちょうどアメリカ大陸が白人達に乗っ取られていく過程で、先住民族たちが滅ばされていくように、マシカ達もいまや絶滅寸前なんですね。 容赦なく醜悪な『正義』によってマシカ達は地球の種族に『同化』されていく運命を与えられているのですが、そんなエセ『正義』に反抗していくのですよね、この主人公は。この作品を読む児童は、滅び行く種族の一員としての視点を持つこととなります。圧殺してくる大多数という名の正義に立ち向かう主人公と一体となって艱難辛苦を乗り越えていかなくてはいけないのですね。実に敵キャラが容赦ないのですが・・・そして世界も容赦ないんです。 容赦なさすぎるので物語の最後には…果たして主人公たちが勝ったのかと疑問がつくほどなのですが。。。

上橋作品は子供を鍛えるでしょうね、本当に。良い作品を世に出してくれてありがとう!いや、大人にもおすすめ。是非。

もうひとつ別の作品にも、書いておきたいのですが、また後日。上橋恐るべし。